fromte’s diary

つらつらと日常を。思ったことを。感じたことを。素直に綴る場所。

恋愛というものについての考察

相手の気持ちがわからない。

不安になる

そんなときに

手をつなぎたいと思ったとする。そのときに、相手が手を差し伸べてくれたらうれしい。
「気持ちが通じた」気がする。そんな思いがわくわくしたりどきどきしたり。

それが嬉しかったり。するんじゃないのかしら。

帰り際にはキスをするカップル、喧嘩して男性のほうがだまりこんでしまうカップル、女性が泣いているカップル。いろんな場面、いろんなもの。たくさんある。でも、なんとなく無意識の決まりごとがあるから安心したり、するんじゃないのかなぁなんて思ったりもした。でも、その反面それに執着心をもつからなくなった瞬間に怒りや不安や悲しみに襲われる。だから、今の形が一番いい。って頭では思ってる。

でも、やっぱり帰り際にはキスをしてほしいと思うときもある。

ときもある。だから、それがうっとおしいと思うときもあると思うのだ。

「今日はキスしたくねぇよー。でも、したそうだなぁー。嫌って言いにくいよなー。」的なね。

だからやっぱり、決めないほうがいいのかなと思ったりもするのだが、いっつもそこにあるもの安定しているもの、決まっているものがあると安心するのは人間の心理なのだろうか。(決めないほうが楽なときもあるのは私の自己に対する意識が人より大きいからだろうか)

実に自分勝手な生き物である。








しかし、私には今『病気』というものが付属している。
安心感は時に非常に大きな不安や執着心にとってかわる。
だから、きっと今は意識的に持たないほうがいいのだろうと思う。

安心感はほしいから流されそうになるけど、例えば『帰り際のキス』はしないという結論に至る。
意識的な恋愛を。私なりの今の生き方。
苦しい我慢かもしれないが、それが苦しまないための我慢でもあり、病気克服のための我慢にもなるのかもしれない。逆になるかもしれないが。。。それは誰にも分からない。でも、それが苦しまないための我慢であると今は信じているからそう生きていようと今は思う。